なぜ法定相続情報証明制度は生まれたのか
戸籍をめぐる80年の制度史
親が亡くなって銀行へ。そこで言われる「もう一通、戸籍がほしい」。なぜ相続手続きでは戸籍を何度も集めなければならないのでしょうか。そして、その不便を解消するために2017年5月29日に始まった「法定相続情報証明制度」は、どんな歴史の流れの中で生まれたのか。1948年の戸籍法改正から、所有者不明土地問題、2024年の相続登記義務化まで、80年の制度史を辿ります。
1なぜ戸籍を何度も集めることになったのか
身近な人が亡くなったあと、相続手続きを進めるにはまず被相続人の出生から死亡までの戸籍を全部集める必要があります。本籍を何度も移していたり、結婚や戸籍改製を経ていたりすると、戸籍は10通、20通とふくらみます。
そして大変なのはここから。集めた戸籍一式を、銀行・証券会社・年金事務所・法務局…と、相続手続きが必要な窓口ごとに何度も提出しなければなりませんでした。窓口で原本を確認してもらい、返却を待ち、次の窓口へ。手続きは直列に進み、ひと月仕事になることも珍しくありません。
この長年つきまとってきた不便を一段階だけ解消するために設計されたのが、法定相続情報証明制度です。ただし、なぜそもそも戸籍はこれほど分散しているのか――その答えは80年前まで遡る必要があります。
21948年、「家」が解体された日
戦前の日本では、戸籍は「家」単位で編製されていました。1898年(明治31年)施行の明治民法は「家督相続制度」を法定し、戸主の地位と家産を嫡出長男子が単独で承継する仕組みを採用。家族員は三代以上にわたって一つの戸籍に連なることもあり、その意味でひとりの人生は「家」の戸籍を辿れば見渡すことができました。
転機は戦後です。1947年5月3日に日本国憲法が施行され、第24条が「個人の尊厳と両性の本質的平等」を掲げました。家督相続制度はこの理念と相容れず廃止。続いて1948年1月1日施行の改正戸籍法が、戸籍の編製単位を「夫婦と未婚の子」へと作り替えました。三代以上の戸籍は禁止され、「戸主」は権限を持たない「筆頭者」に格下げされます。
1947年5月2日以前に開始した相続については、現在でも家督相続のルールが適用される可能性があります。古い不動産の相続登記で「曽祖父名義のまま」というケースでは、旧民法による処理が必要になる場合があります。
個人を尊重するこの改革は、間違いなく前進でした。しかし皮肉なことに、編製単位を小さくしたことで、ひとりの被相続人を出生から死亡まで辿るには複数の戸籍が必要になります。婚姻、転籍、戸籍改製――人生のイベントごとに戸籍は切り替わり、それぞれの市区町村に分散していく。相続のたびに何通もの戸籍を集めて回るという現代の不便は、この時に構造的に生まれました。
3高齢化が露わにした制度の限界
戦後しばらく、戸籍が分散していること自体は大きな問題にはなりませんでした。相続発生件数がさほど多くなく、本籍地から大きく動かない世代も多かったからです。
状況が変わるのは2000年代以降です。年間死亡者数は1998年の約90万人から2023年には約160万人へ。約1.8倍に膨れ上がりました。同時に、戦後の人口移動を経て本籍と居住地が遠く離れた相続人が一般的になります。
取得した戸籍一式を窓口ごとに出し直す手間は、件数が増えれば増えるほど社会全体のコストになります。「銀行で1か月、証券会社で2週間、年金事務所でもう一度…」――この直列化された不便が、いよいよ無視できない規模に達したのが2010年代でした。
4所有者不明土地問題が背中を押した
戸籍をめぐる相続実務の不便と並行して、もう一つの社会課題が制度創設を加速させます。所有者不明土地問題です。
相続登記は2024年3月まで「任意」でした。「いつでもできる」という制度は、結果として「永遠にされない」を許してしまいます。亡くなった親の土地が地方の山林で、固定資産税もごくわずか――そんな不動産は名義変更されないまま放置され、世代を重ねるごとに相続人が増えていきます。
増田寛也・元総務相を座長とする「所有者不明土地問題研究会」は、2017年に衝撃的な数字を公表しました。所有者がすぐには分からない土地は2016年時点で約410万ヘクタール。九州本島(約367万ha)を上回る面積です。さらに対策がなければ2040年には約780万ヘクタール(北海道本島並み)に達し、累積経済損失は約6兆円と試算されました。
九州本島を上回る面積
相続登記未了の割合
累積経済損失推計
この所有者不明土地の発生原因の約3分の2が「相続登記の未了」。つまり相続登記を促進することが、土地問題を解決する最大の鍵だったのです。そして相続登記を促進するためには、まず手前の障害――戸籍を何度も集めて何度も出すという相続実務そのものの煩雑さ――を取り除く必要がありました。
52017年5月29日 — 制度誕生
2017年(平成29年)5月29日、不動産登記規則の改正によって法定相続情報証明制度が施行されました。仕組みはきわめてシンプルです。
- 相続人が「法定相続情報一覧図」を作成し、戸籍謄本一式と一緒に法務局へ提出する
- 登記官が内容を確認し、認証文を付した「一覧図の写し」を発行する
- この写しは無料・必要枚数だけ交付され、銀行・証券・年金など各種手続きで戸籍一式の代わりに使える
つまり「戸籍を束ねて出すのは、最初に法務局へ一度だけ」。あとは法務局が発行した一覧図の写しを各窓口に配るだけで済むようになりました。
制度設計上、利用のハードルを下げることが目的だったため、交付手数料は当初から無料に設定されました。相続登記を促進し、所有者不明土地問題に歯止めをかけるという公益目的があってこその思い切った設計です。
本ツール「法定相続情報一覧図メーカー」は、この制度の入り口にあたる「一覧図の作成」をブラウザだけで完結させるために生まれました。
62024年、ようやく完成形へ
2017年の制度創設から7年、相続実務をめぐる制度はさらに大きく前進しました。2024年は3つの改正が立て続けに施行された節目の年です。
戸籍をめぐる相続実務の煩雑さと、所有者不明土地問題――2つの長年の課題が、ここでようやく制度として完成形に近づきました。一覧図制度(2017年)が骨格を作り、戸籍広域交付が取得の手間を減らし、義務化が放置を防ぎ、番号制度が提出書類を圧縮する。段階的な改革が約30年かけて積み上がったのが、いまの相続実務の景色です。
7そして、いま一覧図メーカーが役に立つ
制度の歴史を辿ると、法定相続情報一覧図というたった1枚の書類が、戦後80年の社会変動と制度改革の結晶であることが見えてきます。
本ツールが解決するのは、その入り口にあたる「一覧図そのものを作る」という工程です。法務局が公開しているExcel書式は確かに正しいですが、表の罫線を整え、続柄を一つひとつ確認し、A4サイズに収めるのはそれだけで手間です。ブラウザに項目を入力すればプレビューが組み上がり、PDFとして出力できる――この単純化が、制度を実際に「使える」ものにします。
戸籍を集めて何度も提出する不便が解消されるまでに、80年かかりました。それでも、一覧図を作る作業はもう何時間もかける必要はありません。
8参考資料
本記事は以下の一次資料・公的データに基づいて構成しています。
- 法務省「法定相続情報証明制度について」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00284.html - 法務局「法定相続情報証明制度について」
https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/page7_000013.html - 法務省「相続登記の申請義務化について」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00599.html - 法務省「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji04_00082.html - 内閣官房「所有者不明土地問題研究会 最終報告概要(増田寛也座長/平成30年1月19日)」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shoyushafumei/dai1/siryou1-2.pdf - 国立公文書館「昭和22年12月:民法が改正される」
https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/s22_1947_08.html - 政府広報オンライン「不動産の相続登記義務化」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202203/2.html