世界の相続証明制度と比べたら
法定相続情報証明制度の独自性
「亡くなった人の相続人が誰か」を公的に証明する仕組みは、どの国にも存在します。ただし、その方式は国によって驚くほど違う。米国・EU・韓国・台湾と並べて見たとき、日本の法定相続情報証明制度は世界の中でどう位置付けられるのか。主要な制度を3つの類型に整理して見ていきます。
1「相続人を証明する」という共通課題
どこの国でも、誰かが亡くなれば「その人の相続人が誰なのか」を公的に証明する必要があります。銀行口座を解約するにも、不動産を引き継ぐにも、第三者である金融機関や登記所は「正当な相続人ですね」と確認する手段を持たなければなりません。
この共通課題に対する答え方が、国によってまるで違います。費用はゼロから遺産の数%まで、期間は1〜2週間から2年まで、プロセスも行政の窓口手続きから本格的な司法プロセスまで——同じ目的に対してまったく違う設計が並んでいるのです。
本記事では世界の主要制度を整理し、日本の法定相続情報証明制度(2017年5月29日施行)が世界の中でどのような位置にあるのかを見ていきます。
23つの類型 — 検認型・公証人型・戸籍型
主要国の制度は大きく3つの類型に分けられます。
| 類型 | 代表的な国・地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| 検認型 | 米国・英国・オーストラリアなど英米法系 | 裁判所主導の Probate プロセス。執行人/管財人を任命し、債務清算から遺産分配までを司法的に処理。時間と費用が大きい |
| 公証人型 | ドイツ・フランス・イタリア・スペインなど大陸法系 | 公証人が相続関係を確認・認証。遺産額に応じた費用。EU共通の「欧州相続証明書」(2015年〜)もこの系統 |
| 戸籍型 | 日本・韓国・台湾 | 国家が継続管理する戸籍/家族関係登録で相続人を証明。検認プロセスは不要で、迅速・低コスト |
同じ「相続人の証明」というニーズに対して、英米法系は司法プロセス、大陸法系は公証人の認証、東アジアは戸籍という具合に、社会の前提条件が異なれば制度設計もまったく異なります。
3米国 Probate — 時間と費用の代償
米国の Probate(プロベート)は、被相続人の遺産を裁判所の監督下で処理する手続きです。遺言があれば Letters Testamentary(執行人の任命状)、なければ Letters of Administration(管財人の任命状)が裁判所から発行されます。費用と期間の規模感は次のとおりです。
遺産対比費用
所要期間
申立手数料
主な費用は弁護士報酬です。州によっては時間制(時給$200〜400)、固定報酬制(数千ドル)、遺産額連動(最初の10万ドルに4%など)が認められており、結果として遺産の4〜7%程度が手続きに消えるのが一般的とされています。
戸籍がない国で、裁判所はどうやって相続人を特定するのか
では、これだけ時間と費用がかかる理由はどこにあるのか。日本の登記官は戸籍束を見て1〜2週間で相続人を確定できますが、米国には全国統一の家族関係登録がありません。出生・婚姻・死亡などの記録は 各州の Vital Records 局 が個別に保管しており、家系を一本につなぐ国家データベースは存在しないのです。では米国の裁判所は何を根拠に相続人を確定しているのか。仕組みは大きく次の4つを組み合わせています。
- ① 申立人の宣誓供述(Petition / Affidavit):執行人候補が、自分の知る限りの相続人を氏名・続柄・住所付きで列挙し、宣誓のうえ裁判所に提出します。虚偽記載は偽証罪(perjury)に問われるため、これが一次的な情報源になります。
- ② 各州 Vital Records からの書類収集:出生証明書・婚姻証明書・離婚判決書・養子縁組記録などを申立人が集めて添付します。州をまたぐと取り寄せが必要で、これだけで数か月かかるケースもあります。
- ③ 公告と通知(Notice):裁判所が地方新聞に数週間にわたって公告を出し、既知の相続人・債権者には書面通知を送ります。「自分も相続人だ」と名乗り出る機会を法的に確保する仕組みで、Probate に時間がかかる最大の理由がここにあります。
- ④ 審問(Hearing):公告期間の経過後、裁判官が審問を開きます。異議申立てがなければ Letters が発行され、執行人が正式に権限を得ます。争いがあれば証人尋問・DNA鑑定(実子認定)・遺言の有効性審理など司法手続きに発展します。
複雑なケースでは Forensic Genealogist(系譜調査の専門家) が起用され、国勢調査記録・新聞アーカイブ・移民記録などを横断検索して未知の相続人を探します。要するに、米国は立証責任を申立人と裁判所に負わせる設計。日本のように「国が継続管理している登録簿を見れば一発」という前提が成り立たないため、宣誓・書類・公告・審問の4層を積み上げて初めて相続人が確定し、それが冒頭の「6か月〜2年」という所要期間につながっています。
あまりに高コストなため、米国では Living Trust(生前信託)を組んで生前のうちに財産を信託に移し、Probate そのものを回避する節税が広く行われています。日本でいう家族信託に近い発想ですが、米国では費用回避の動機がより強い分、商品としても成熟しています。
4EU 欧州相続証明書 — 越境のための統一フォーム
EUは加盟国ごとに別々の制度を持っていたため、長年「フランスで死亡、ドイツとイタリアに資産」のような越境相続では各国の証明書を集めて回らねばならない非効率がありました。
これを解決するため、2012年に EU規則650/2012(相続規則) が成立し、2015年8月17日から 欧州相続証明書(European Certificate of Succession, ERC)が運用されています。
- 運用国:EU加盟27か国中25か国(デンマーク・アイルランドは除外)
- 発行機関:各国の公証人または裁判所(例:独・仏・伊・スペインは公証人)
- 有効期間:発行から6か月
- 効力:1枚で複数のEU加盟国に対して相続人としての地位を証明できる
- 費用:各国の公証人費用に従う。ドイツの相続証明書(Erbschein)の場合、遺産10万ユーロで約€546
ERCは「各国の制度を統一する」のではなく、「越境のための共通プロトコル」を作る発想です。1枚で複数国に通用する標準証明書という設計は、実は日本の法定相続情報一覧図とよく似ています。日本は国内版を2017年に、EUは越境版を2015年に整備したことになります。
EUの公証人は何を見て相続人を確定するのか
ここで「証明書が出るということは、EUにも戸籍があるのでは?」と思うかもしれません。答えはノーです。EU各国に存在するのは 民事登録(Civil Registry/独:Standesamt、仏:état civil、伊:stato civile) で、これは日本の戸籍とは性格が違います。
| 項目 | 日本の戸籍 | EUの民事登録 | 米国のVital Records |
|---|---|---|---|
| 記録単位 | 家族(家系) | イベント単位 | イベント単位 |
| 中身 | 親子・婚姻関係を継続管理 | 出生・婚姻・死亡証明書を個別発行 | 出生・婚姻・死亡証明書を個別発行(州ごとに分散管理) |
| 家系図の形 | ある | ない(個別証明書の集合) | ない |
| 管理主体 | 国家(戸籍法) | 自治体(Standesamt等) | 各州のVital Records局 |
つまりEUは「イベント単位の登録は国家がやっているが、家系として束ねてはいない」という、日本と米国の中間ポジションです。ではこの民事登録だけで公証人が相続人をどう確定するのか。ドイツの Erbschein(相続証明書)を例に取ると、流れは次の4ステップです。
- ① 申立人が個別証明書を集める:被相続人の死亡証明書、出生証明書、婚姻証明書、子どもたちの出生証明書などを各 Standesamt で個別に取得します。日本の戸籍束と違って一つの窓口で完結はしませんが、各自治体での発行体制は整っているため米国よりは集めやすい。
- ② 公証人面前での宣誓供述(eidesstattliche Versicherung):「自分の知る限り他に相続人はいない」旨を公証人の面前で宣誓します。虚偽は刑事罰の対象で、これが「戸籍がない国で家系を断定する」ための法的裏付けになります。
- ③ 公証人による書類と宣誓のクロスチェック:公証人が個別証明書と宣誓内容を突き合わせ、矛盾がないかを審査します。公証人は 準国家エージェントとして公的責任を負うため、ここが「裁判所による検認」の代替機能を果たします。
- ④ Nachlassgericht(遺産裁判所)への申請と発行:公証人が裁判所に Erbschein 申請を提出し、裁判所が審査して証明書を発行します。原則として公告・審問プロセスは不要なため、米国 Probate より大幅に短い数週間〜数か月で完了します。
米国Probateより速い理由は3つあります。第一に、民事登録が各国内で集約的に管理されており、米国の州50を横断するより書類収集が早いこと。第二に、公証人が公的責任を持つ準国家エージェントとして機能し、日本の登記官に近い役割を果たすこと。第三に、公告・審問プロセスが原則不要で、申立人の宣誓供述で代替されること。ただし、家系を国家が事前に組み立ててくれているわけではないため、申立人の書類収集負担と公証人費用(€500〜数千)が日本のゼロより重く出ます。
ドイツでは2009年まで Familienbuch(家族簿) という、夫婦と子を一つの簿冊で管理する戸籍に似た制度が存在しました。しかし2009年の身分登録法(Personenstandsgesetz)改正で廃止され、現在は完全にイベントベースの個別証明書方式に移行しています。日本が戦後の家制度廃止(1948年)後も戸籍そのものは維持したのと対照的で、「家族を国家がどこまで束ねて管理するか」の政策判断は国によって大きく分かれてきたことが分かります。
5韓国・台湾 — 戸籍ベースの近隣諸国
東アジアでは日本と似た戸籍制度が長らく機能してきました。ただし韓国は2008年に大改革を実施しています。
韓国:2008年に「家族関係登録制度」へ転換
韓国は2008年1月1日に従来の戸籍制度を廃止し、「家族関係登録制度」へ移行しました。家長中心の戸籍から、個人ごとの登録に切り替えたのです。発行される証明書は5種類:
- 가족관계증명서(家族関係証明書)
- 기본증명서(基本証明書)
- 혼인관계증명서(婚姻関係証明書)
- 입양관계증명서(養子縁組関係証明書)
- 친양자입양관계증명서(特別養子縁組関係証明書)
相続手続きでは、被相続人の基本証明書・家族関係証明書・婚姻関係証明書・養子縁組関係証明書を組み合わせて使います。2007年以前の死亡については旧戸籍を遡る必要があり、ここは日本の状況と類似しています。
注目すべきは、韓国の改革(2008年)が日本の戦後改革(1948年)と 60年ずれた構造的な類似 を示している点です。「家」単位の身分制度から「個人」単位への転換は、近代化のプロセスとして東アジアに共通の歩みのようです。
台湾:日本式戸籍を継承
台湾は日本統治時代(1895〜1945年)の戸籍制度を基本的に継承しており、戸政事務所が戸籍を管理しています。日本と同様に出生から死亡までの戸籍謄本を集めて相続人を確定する方式です。台湾籍の方が日本で相続手続きを行う場合は、戸籍謄本を翻訳・認証して使うのが実務になっています。
6日本の制度 — 異彩を放つ5つの特徴
世界の制度と並べて見ると、日本の法定相続情報証明制度には他国にない5つの特徴が浮かび上がります。
日本の制度がここまでシンプルなのは、戸籍制度(明治5年〜)が150年以上にわたって人の親族関係を国家管理してきたからです。登記官は戸籍束を確認するだけで相続人の関係を短時間で確定できます。英米のように国家が親族関係を継続管理していない社会では、相続人を確定すること自体に司法的な調査と認定が必要になり、それが Probate プロセスの複雑化を生んでいます。戸籍 = 無料制度の前提条件と言えます。
7制度の差は、社会の選択の差
ここまで見てきたように、各国は同じ「相続人を証明する」という課題に、まったく違うアプローチで答えてきました。整理すると次のとおりです。
- 米英は司法による厳格性を取った — 裁判所が遺産全体を管理する分、争いに強いが時間とコストがかかる
- 大陸欧州は公証人による法的安定性を取った — 専門家による認証で迅速性と厳密性のバランスを取る
- 日本は行政効率と利用者負担の軽減を取った — 戸籍という社会基盤の上に、無料・任意の制度を載せる
この違いは、各国の歴史・法体系・社会観の違いそのものでもあります。日本の制度の「無料」「任意」「迅速」は決して当たり前ではなく、戸籍制度と登記制度という 長年積み上げてきた社会インフラ があってこそ実現できた特殊な設計だと言えます。
日々何気なく使う一覧図の写し1枚の裏側には、150年分の制度設計と、世界の中でも特に利用者寄りに調整された政策意思があります。
8参考資料
本記事は以下の一次資料・公的データに基づいて構成しています。
- EUR-Lex「Regulation (EU) No 650/2012 on jurisdiction, applicable law, recognition and enforcement of decisions and acceptance and enforcement of authentic instruments in matters of succession and on the creation of a European Certificate of Succession」
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2012/650/oj/eng - European e-Justice Portal「Succession」
https://e-justice.europa.eu/topics/family-matters-inheritance/inheritance/succession_en - Notaries of Europe「Guide to Succession Regulation」
https://www.notariesofeurope.eu/wp-content/uploads/2020/07/Guide-to-Succession-Regulation.pdf - WW+KN Tax Advisory「The Certificate of Inheritance (Erbschein) in Germany」
https://wwkn.de/en/blog/the-certificate-of-inheritance-erbschein-in-germany-a-comprehensive-guide/ - Trust & Will「Probate Fees: Costs by State Breakdown」
https://trustandwill.com/learn/probate-fees - Cornell Law School (LII)「Letters Testamentary」
https://www.law.cornell.edu/wex/letters_testamentary - UK GOV.UK「Applying for probate」
https://www.gov.uk/applying-for-probate - 駐日本国大韓民国大使館「家族関係など書類発給」
https://overseas.mofa.go.kr/jp-ja/wpge/m_11911/contents.do - 法務省「法定相続情報証明制度について」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00284.html - 法務局「法定相続情報証明制度について」
https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/page7_000013.html